歯科医院の経営KPIは「何を、どの順で見るか」で決まります
「数字を見なければいけないとは分かっている。ただ、何から見ればよいのか分からない」。歯科医院を経営する院長から、このような相談は多く寄せられます。レセコンや予約システムには数字が並びます。会計事務所からは試算表が届きます。それでも、明日の判断につながらないままの医院は少なくありません。
原因は、数字が足りないことではありません。多くの場合、指標の定義があいまいで、見る順番が決まっていないことにあります。売上が下がったとき、患者数が減ったのか、単価が下がったのかを分けて言えなければ、打ち手は選べません。
この記事は、歯科医院の院長・経営者・Web担当の方に向けて、経営KPIの体系を整理します。扱う内容は4つです。第一に、KGIとKPIの関係と、売上を分解するKPIツリーです。第二に、歯科医院で押さえる指標の計算式と一覧です。第三に、集患の指標と経営KPIをつなぐ考え方です。第四に、月次運用へ落とし込む手順と、優先順位のつけ方です。
なお本記事は経営と集患の運用を扱います。診断や治療の是非には触れません。数値の目安は一般的に語られる水準を紹介するにとどめ、判断の基準は自院の過去実績に置く前提で解説します。
KGIとKPIの関係を整理します
KPIは「重要業績評価指標」の略です。目標へ近づいているかを途中で測るための数字を指します。対してKGIは「重要目標達成指標」であり、最終的に達成したい結果を指します。歯科医院では、年間の医業収入や営業利益がKGIにあたります。
KPIは四則演算で分解できることが条件です
KPIとして使える数字には条件があります。KGIから足し算・引き算・掛け算・割り算でつながることです。「患者満足を高める」は目標としては正しいのですが、KGIと計算でつながりません。一方「次回予約の取得率」は、再来患者数を通じて医業収入と計算でつながります。
計算でつながる指標だけを選ぶと、数字が動いたときに原因をたどれます。逆に、つながらない指標を並べると、会議は感想の交換になりやすくなります。
目安の数値は参考、基準は自院の過去実績に置きます
「自費率は20%以上が望ましい」「無断キャンセル率は5%以内」といった目安は、多くの資料で紹介されています。ただし、これらは診療圏・診療方針・チェア数により前提が大きく異なります。自院の立地や患者層が違えば、同じ水準を目指す意味は薄れます。
実務では、直近12か月の自院実績を並べ、その平均値を基準に置く方法が扱いやすいとされます。他院平均との比較は、大きく外れた指標を見つける参考として使います。目標値は、自院の基準値から無理のない幅で設定します。
指標は5〜7個に絞ります
管理指標を数十個そろえた一覧表は、作った時点で満足しやすく、更新が止まりがちです。まず追う指標は5〜7個に絞ります。絞る基準は3つです。自院の課題に直結すること、毎月同じ手順で集められること、担当者を決められることです。運用が定着してから、指標を少しずつ増やします。
売上を分解するKPIツリーを作ります
経営KPIの出発点は、医業収入の分解です。売上は「患者数 × 1人あたり単価」で表せます。さらに患者数は「新患 + 再来」に、単価は「保険診療分 + 自費診療分」に分かれます。この分解を図にすると、どの数字が落ちているのかを共有しやすくなります。
この図の使い方は単純です。医業収入が前年を下回ったとき、まず患者数と単価のどちらが下がったかを見ます。患者数が原因なら、新患と再来のどちらかを見ます。再来が原因なら、次回予約の取得率と中断率を見ます。上から下へ順にたどるだけで、議論する対象が1つに絞られます。
逆に、この木を作らないまま「売上が落ちたので集患を強化する」と決めると、実際には再来が減っていた場合に効果が出ません。分解は、打ち手を間違えないための手順です。

歯科医院で押さえる経営KPI一覧
下表は、歯科医院で使われることの多い指標を、計算式・確認頻度・改善の方向とあわせて整理したものです。すべてを一度に導入する必要はありません。自院の課題に近い行から選びます。
| 指標名 | 計算式 | 見る頻度 | 改善の打ち手 |
|---|---|---|---|
| 新患数 | 月間の初診患者数 | 週次 | Web導線と地図検索の整備、流入元の記録 |
| 新患比率 | 新患数 ÷ 月間延べ患者数 × 100 | 月次 | 集患と既存患者維持への配分を見直す |
| 1日あたり患者数 | 月間延べ患者数 ÷ 診療日数 | 月次 | 予約枠の長さとアシスタント配置の調整 |
| 予約保有数 | 次回予約が入っている実人数(重複を除く) | 週次 | 会計前に次回予約を取る手順の統一 |
| キャンセル率 | キャンセル数 ÷ 予約数 × 100 | 週次 | 連絡ありと無断を分けて記録し、案内を整える |
| 中断率 | 中断患者数 ÷ レセプト件数 × 100 | 月次 | 治療計画の説明と次回予約の同時取得 |
| リコール率 | 定期来院者数 ÷ リコール対象者数 × 100 | 月次 | 案内手段を複数用意し、担当を決める |
| レセプト単価 | 保険診療収入 ÷ レセプト件数 | 月次 | 処置構成の確認と算定漏れの点検 |
| 自費率 | 自費診療収入 ÷ 医業収入 × 100 | 月次 | 説明資料・料金表示・支払手段を整える |
| 自費選択率 | 自費を選んだ人数 ÷ 提案した人数 × 100 | 月次 | 提案の記録を残し、担当者ごとの差を確認する |
| チェア稼働率 | 実稼働時間 ÷(チェア数 × 診療時間)× 100 | 週次 | 枠の長さ、担当配分、曜日別の予約設計を見直す |
| 1人あたり生産性 | 医業収入 ÷ 常勤換算のスタッフ数 | 月次 | 役割分担と準備作業の標準化 |
| 人件費率 | 人件費 ÷ 医業収入 × 100 | 月次 | 採用計画とシフト設計を収入見込みと合わせる |
| 労働分配率 | 人件費 ÷ 粗利益 × 100 | 月次 | 単価と稼働率の改善で粗利益を広げる |
| 材料費・技工料率 | (材料費 + 技工料)÷ 医業収入 × 100 | 月次 | 発注ロットと在庫、技工物の構成を点検する |
| 新患獲得単価 | 集患にかけた費用 ÷ 新患数 | 月次 | 媒体ごとの配分を見直し、効果の薄い枠を止める |
表を眺めると分かるとおり、指標は大きく4群に分かれます。患者数の群、単価の群、稼働と生産性の群、費用と利益の群です。以降では、それぞれの読み方を補足します。
患者数に関するKPIの読み方
新患数と新患比率は分けて見ます
新患数は、集患施策の結果がもっとも早く表れる指標です。ただし数だけを追うと、実態を見誤ることがあります。延べ患者数が減っている状況で新患数だけが横ばいなら、新患比率は上がります。これは集患が好調なのではなく、再来が減っている状態です。
そのため、新患数と新患比率は必ず並べて確認します。新患比率が一般に10%前後を一つの目安とする考え方が紹介されていますが、診療方針により適正値は変わります。定期管理を中心に据える医院では、比率が低くても経営が安定する場合があります。
予約保有数は先行指標として役立ちます
予約保有数は、今後の来院が確定している実人数を指します。重複予約は1人として数えます。この数字は、翌月以降の患者数を先に示す指標として扱われます。売上は結果が出るまで待つ必要がありますが、予約保有数は今週の時点で来月の見通しを教えます。
週次で記録し、前週と比べます。減っているなら、次回予約の取得手順を先に点検します。予約保有数が落ちてから売上が落ちるまでには、通常1〜2か月の間があります。この間に手を打てるかどうかが差になります。
中断率とキャンセル率は原因が異なります
キャンセル率は当日の枠が空く割合、中断率は治療の途中で通院が止まる割合です。混同すると対策がずれます。キャンセルは連絡手段と予約変更の導線の問題であることが多く、中断は治療計画の共有と次回予約の取り方に関わることが多いとされます。それぞれの詳しい対策は別記事で扱います。ここでは、2つを別の指標として記録する点だけ押さえてください。
単価と収益性に関するKPIの読み方
レセプト単価は構成を確認する入口です
レセプト単価は、保険診療収入をレセプト件数で割った数字です。この単価が下がったとき、考えられる要因は複数あります。処置内容が定期管理に寄った、来院1回あたりの処置数が減った、算定できる項目を漏らしたなどです。
単価の上げ下げそのものを目標にするのは適切ではありません。診療の内容は患者の状態により決まるためです。KPIとしては「前月からの変化が説明できるか」を確認する使い方が向いています。説明できない変動が続く場合に、記録や算定の手順を点検します。
自費率と自費選択率は役割が違います
自費率は結果の指標です。自費診療収入が医業収入に占める割合を示します。一方、自費選択率は過程の指標です。自費の選択肢を説明した患者のうち、実際に選んだ人の割合を示します。
自費率だけを見ていると、改善の入口が見えません。自費率が低い原因は、提案の件数が少ないのか、提案しても選ばれないのかで対応が変わるためです。前者なら説明の機会そのものを増やす必要があります。後者なら、説明資料・料金表示・支払手段の分かりやすさを点検します。
なお、自費診療の案内は医療広告ガイドラインの対象になります。費用や治療内容の表示には、必要な項目を欠かさない配慮が求められます。効果を保証する表現は避けます。
1人あたり生産性はスタッフ体制の判断に使います
1人あたり生産性は、医業収入を常勤換算のスタッフ数で割って求めます。常勤換算とは、パートタイムの勤務時間を常勤1人分に換算した人数です。この指標は、増員を判断するときに役立ちます。
生産性が横ばいのまま人数だけ増えると、人件費率は上がります。逆に、生産性が上がり続けている状態は、現場に負荷が集中している可能性を示します。数字が良くても、離職につながる働き方であれば持続しません。生産性は、患者数・稼働率・人員配置の3つと合わせて読みます。
稼働と費用に関するKPIの読み方
チェア稼働率は枠の設計を映します
チェア稼働率は、実際に診療へ使われた時間を、チェア数と診療時間から算出した総枠時間で割った割合です。計算式は「実稼働時間 ÷(チェア数 × 診療時間)× 100」です。
この数字は高ければ良いとは限りません。100%に近い状態は、急患を受けられず、遅れが連鎖しやすい体制でもあります。一般には75〜85%程度を目安として語る例が見られますが、診療内容により適正は変わります。治療用とメンテナンス用でチェアを分けている医院では、用途別に分けて測ると改善点が見えやすくなります。
人件費率と労働分配率は片方だけでは判断できません
人件費率は人件費を医業収入で割った割合、労働分配率は人件費を粗利益で割った割合です。一般には人件費率が20%台、労働分配率が25〜35%程度を目安とする説明が多く見られます。ただし、常勤の歯科医師や歯科衛生士の人数、自費の比率により前提は大きく変わります。
2つを並べる理由は、材料費や技工料の影響を切り分けるためです。人件費率が同じでも、材料費が高い医院では労働分配率は上がります。手を打つべき対象が、人員配置なのか仕入なのかは、この2つを比べて初めて判断できます。
損益分岐点は月次の判断基準になります
損益分岐点は、利益がちょうどゼロになる医業収入です。求め方は「固定費 ÷(1 - 変動費率)」です。固定費には家賃・人件費・リース料などが入ります。変動費には材料費と技工料が入ります。
この金額を一度計算しておくと、月次の判断が速くなります。今月の医業収入がこの金額を超えたかどうかで、粗い判断ができるためです。さらに1日あたりに割ると、日々の目標として共有しやすくなります。「損益分岐点 ÷ 診療日数」で1日の必要収入が出ます。

集患のKPIと経営KPIをつなぎます
Web施策の数字と経営の数字が別々に管理されている医院は多くあります。表示回数やクリック数は報告されるものの、新患数や医業収入との関係が示されないままの状態です。この2つは、変換の段階を並べるとつながります。
流入から来院までを段階で並べます
集患の流れは、おおむね次の段階に分かれます。検索での表示、サイトへの流入、予約や電話への到達、来院、そして継続来院です。それぞれの間に変換率があります。
- 流入からの問い合わせ率=(電話 + Web予約)÷ サイト訪問数 × 100
- 問い合わせからの来院率= 初診来院数 ÷ 問い合わせ数 × 100
- 新患獲得単価= 集患にかけた費用 ÷ 新患数
この3つを並べると、対策する場所が特定できます。訪問数は多いのに問い合わせ率が低いなら、サイトの内容や予約導線に課題があります。問い合わせは多いのに来院率が低いなら、電話対応や予約の取りやすさを点検します。アクセス解析の詳しい設定は別記事で扱います。
新患獲得単価は生涯価値と対で考えます
新患獲得単価だけを見ると、金額の低い媒体が良く見えます。しかし、来院後に継続するかどうかは媒体により差があります。そこで、患者1人が通院期間全体でもたらす収入、つまり生涯価値と対で考えます。
簡易な計算式は「1回あたり平均単価 × 年間平均来院回数 × 平均継続年数」です。この数字が新患獲得単価を十分に上回っていれば、その媒体への投資は続ける判断ができます。継続年数は自院の実績から概算します。厳密さより、媒体間で同じ方法で比べることが重要です。
月次の運用に落とし込みます
指標を選んでも、集計と会議の手順が決まらなければ運用は続きません。頻度ごとに役割を分けます。
| 頻度 | 主に見る指標 | 目的と担当 |
|---|---|---|
| 日次 | 来院数、キャンセル件数、次回予約の取得件数 | 記録を残すことが目的。受付が5分で入力する |
| 週次 | 新患数、予約保有数、チェア稼働率、キャンセル率 | 早めの手当てが目的。院長と受付責任者で15〜30分 |
| 月次 | 医業収入、レセプト単価、自費率、人件費率、新患獲得単価 | 方針の判断が目的。院長と幹部で60分 |
| 四半期 | 労働分配率、損益分岐点、生涯価値、KPIの入れ替え | 体制の見直しが目的。会計事務所と共有する |
定義書を1枚作ります
運用でつまずく原因の多くは、集計する人によって数字が変わることです。これを防ぐには、指標ごとに定義を書き出します。書く項目は6つです。分子、分母、集計期間、除外する条件、データの取得元、担当者です。
たとえば新患数なら、転医してきた患者を含めるか、以前に来院歴のある患者の再初診を含めるかで数字が変わります。除外条件を先に決めておけば、前月との比較が成り立ちます。定義は1枚の表にまとめ、変更したときは日付を残します。
会議は4つの手順で進めます
月次会議は、数字の読み上げで終わらせないことが重要です。次の手順で進めると、決定まで届きます。
- 確認:基準値と当月値の差を数字で示します。感想は述べません。
- 分解:差が出た指標を、KPIツリーの下位までたどります。
- 仮説:なぜ動いたのかを、現場の観察と合わせて1つか2つに絞ります。
- 決定:翌月に試すことを1つ決め、担当者と期限を書きます。
1回の会議で決める施策は1つか2つに絞ります。複数を同時に動かすと、翌月に効果の原因を判別できなくなるためです。
よくあるつまずきを避けます
運用が止まる典型は3つあります。第一に、指標を増やしすぎて集計が負担になることです。第二に、他院平均との比較ばかりを行い、自院の推移を見ないことです。第三に、数字を評価や叱責の材料に使い、現場が正確に記録しなくなることです。特に3つ目は、数字の信頼性そのものを損ないます。KPIは人を測る道具ではなく、打ち手を選ぶ道具として位置づけます。
優先順位のつけ方と、明日からの一歩
ここまで多くの指標を挙げましたが、すべてを同時に追う必要はありません。着手の順番には考え方があります。
第一に、先行指標を優先します。医業収入や利益は結果であり、分かった時点で手遅れになりがちです。予約保有数、次回予約の取得率、新患数のように、結果より先に動く数字を先に置きます。
第二に、自院で数字が取れるものを優先します。理論上は重要でも、集計に毎月半日かかる指標は続きません。レセコンや予約システムから10分で出せる数字から始めます。
第三に、失っているものから見ます。新しく増やす施策より、既に来ている患者が離れる部分を止めるほうが、費用をかけずに効果が出やすいとされます。中断率、キャンセル率、次回予約の取得率がこれにあたります。
そのうえで、最初の1か月は次の順で進める方法が現実的です。まず、直近12か月の医業収入・延べ患者数・新患数・自費診療収入をそろえます。次に、患者数と単価に分解し、どちらが動いているかを確認します。そして、動いている側の下位指標を2つだけ選び、定義書を作って週次で記録を始めます。
KPIの価値は、数字を並べることではありません。売上が動いた理由を、院長とスタッフが同じ言葉で説明できる状態を作ることにあります。その状態ができれば、集患への投資も、人員配置も、設備の判断も、根拠を持って決められます。逆に、この土台がないまま施策だけを増やしても、効果の有無を検証できません。まずは分解、次に定義、そして週次の記録です。この3つから始めてください。
よくある質問
KPIはいくつ設定すればよいですか
はじめは5〜7個が扱いやすいとされます。数を増やすほど集計の負担が増え、更新が止まりやすくなるためです。まず自院の課題に直結する指標を選び、週次で記録する習慣ができてから追加を検討します。四半期ごとに見直し、使っていない指標は外します。
他院の平均値と比べるべきですか
参考としては有効ですが、目標値の根拠にはしないことをおすすめします。診療圏・チェア数・診療方針が違えば、適正な水準は変わるためです。基準は自院の直近12か月の実績に置き、他院平均は大きく外れた指標を見つける手がかりとして使う方法が現実的です。
専用のシステムを導入しないと管理できませんか
最初は表計算ソフトで十分です。レセコンや予約システムから出せる数字を、毎週同じ形式で入力する運用から始められます。記録の習慣と定義が固まってから、自院の課題に合うシステムを検討する順番のほうが、導入後の定着が期待できます。
スタッフにKPIを共有すべきですか
共有をおすすめします。ただし、共有する範囲と目的を明確にします。個人の成績を比べる使い方は、記録の正確さを損なう恐れがあります。医院全体の目標と、その達成に各自の業務がどうつながるかを示す形が適しています。担当を決めて記録を任せると、数字への関心も高まりやすくなります。
売上が落ちたとき、最初に見る指標はどれですか
患者数と1人あたり単価の2つです。この2つのどちらが動いたかを確認してから、下位の指標へ進みます。患者数が原因なら新患と再来を分け、単価が原因なら保険と自費を分けます。順番を守ると、対策する場所を1つに絞れます。